法律用語は「対」で覚えて訳す。
インドネシアでは2026年1月、オランダ植民地時代から使われてきた刑法典が、ようやく自前の新しい刑法典に置き換わりました。この話題を伝える日本語の文章を、インドネシア語に訳す練習です。
訳例(添削前)は27点。大きな失点は3つ。刑法典(KUHP)をすべて刑事訴訟法(KUHAP)と書いたこと、修復的司法を「応報(retributor)」と訳して意味が逆になったこと、そして法(hukum)と刑(pidana)の混同です。
インドネシアの法制度を知らなくても読めるよう、KUHP と KUHAP の違いから順に解説します。
①用語の「対」——KUHP(刑法典)と KUHAP(刑事訴訟法)、hukum(法)と pidana(刑)、kejahatan(重罪)と pelanggaran(軽罪)、restoratif(修復的)と retributif(応報的)。対のどちらを書くかで、意味がそっくり入れ替わります。
②修飾関係——「常に」は何に係るのか。「85%」は何を上回るのか。日本語の修飾を確かめてから、インドネシア語を組み立てます。
③表記の型と、訳し切ること——法令名は Undang-Undang Nomor X Tahun Y、桁区切りはピリオド(271.600)、月名は略さない。そして、時間内に最後の1文まで訳し切ること。訳抜けは、ほぼ0点になります。
訳す前に、5つの問いを押さえておくと、法律の言葉がぐっと読みやすくなります。
略語の頭は同じですが、中身は別物です。KUHP(Kitab Undang-Undang Hukum Pidana)=刑法典は、「何をしたら犯罪になり、どんな刑を科すか」を定めた法律。KUHAP(Kitab Undang-Undang Hukum Acara Pidana)=刑事訴訟法は、捜査・逮捕・裁判の手続きを定めた法律です。
見分け方は A=Acara(手続き)。日本でいえば「刑法」と「刑事訴訟法」の関係です。今回の文章には両方が出てきます。2026年1月2日に、新しい KUHP と新しい KUHAP が同じ日に施行されたからです。
インドネシアがこれまで使ってきた刑法典は、オランダが植民地時代の1918年に施行した「蘭領東インド刑法典」です。1945年の独立の翌年、1946年法律第1号で、これをほぼそのまま自国の法律として引き継ぎました。このように、ほかの国や前の体制の法を取り入れることを継受といいます。
自前の刑法典をつくる作業は1960年代に始まりましたが、なかなか進みませんでした。2019年には、婚外性交の処罰などに反対する大規模なデモが起き、国会での採決が延期されます。ようやく可決されたのが2022年12月。2023年1月に法律として公布され、3年の準備期間をおいて、2026年1月2日に施行されました。
キーワードは「応報から更生へ」です。応報とは「罪に見合った罰を与える」という考え方。更生は、罪を犯した人が立ち直って社会に戻ることを重んじる考え方です。
そのために、刑務所に入れる以外の刑として、社会奉仕刑(地域で無償の作業をする)と監視刑(刑務所に入らず、監視のもとで暮らす)が新しく加わりました。死刑も変わりました。いつも他の刑と並べて「選ぶ」形で定める特別な刑とされ、10年の観察期間のあいだに反省と立ち直りの姿勢が認められれば、終身刑に切り替えられるしくみです(図3)。
旧刑法典にあった「軽罪」の編(pelanggaran)はなくなり、全624条・2編の構成になりました。同じ日に施行された新しい刑事訴訟法などで、加害者と被害者などの話し合いによって被害の回復をめざす修復的司法(keadilan restoratif)の手続きも、法律に書き込まれました。
大きく2つです。1つは「生ける法」。法律には書かれていないものの、地域社会で守られてきた慣習のルール(hukum yang hidup dalam masyarakat)を、処罰の根拠として認める規定(第2条)です。これが、「何が犯罪で、どんな刑を科すかは、あらかじめ法律に書いておかなければならない」という罪刑法定主義(asas legalitas)とぶつかる、と指摘されています。
もう1つは、大統領の名誉毀損と婚外性交の処罰です。どちらも親告罪(被害を受けた本人や家族などが訴え出ないと、起訴できない罪)とされましたが、政府への批判をためらわせる(表現の自由の萎縮)、国が私生活に踏み込む、という懸念が根強く残っています。
インドネシアの刑務所(lapas)と拘置所(rutan)には、2026年春の時点で約27万人が収容されています。定員はおよそ14万7000人なので、定員の1.85倍、つまり定員を85%上回る状態です。収容者の53%は薬物事件の人たちでした。
社会奉仕刑のような「刑務所の外で償う刑」が増えた背景には、この過剰収容もあります。新しい理念が、裁判や刑の執行の現場で本当に生かされるか——文章の最後の一文は、そこを問うています。
目安は40分。見出しと出典の行も訳します。番号は、あとの添削と対応しています。
1インドネシアでは2026年1月2日、2023年法律第1号として制定された新刑法典(KUHP)が施行された。2従来の刑法典は、オランダ植民地政府が1918年に施行した蘭領東インド刑法典を、独立直後の1946年法律第1号で継受したものである。31960年代に始まった起草作業は、2019年に婚外性交の処罰などへの抗議行動を受けて国会での採決が延期されるなど、2022年12月の可決に至るまで曲折を経た。4独立から80年余りを経て実現した自前の刑法典は、法の「脱植民地化」の象徴とされる。
5新刑法典は全624条、2編から成り、旧法の「軽罪」編を廃止した。6注目されるのは、刑罰の軸足を応報から更生へと移した点である。7社会奉仕刑や監視刑が導入されたほか、死刑は常に他の刑と選択的に科される特別な刑と位置付けられ、10年の観察期間中に改悛の情が認められれば終身刑に減刑されうる仕組みとなった。8同日には新刑事訴訟法(2025年法律第20号)と刑罰調整法も施行され、修復的司法の手続きが法定化された。
9もっとも、課題は少なくない。10慣習法上の「生ける法」を処罰の根拠と認める規定は罪刑法定主義と緊張関係にあると指摘され、大統領の名誉毀損や婚外性交の処罰についても、親告罪とされたとはいえ、表現の自由の萎縮や私生活への介入を懸念する声が根強い。11刑事施設の過剰収容も深刻で、2026年4月時点の収容者は約27万1600人と定員を85%上回り、その53%を薬物事犯者が占めていた。12新法の理念が実務に根付くかどうかが問われている。
訳し終えてから開く:法律用語の対訳 24
| 日本語 | インドネシア語 |
|---|---|
| 刑法典 | KUHP(Kitab Undang-Undang Hukum Pidana) |
| 刑事訴訟法 | KUHAP(Kitab Undang-Undang Hukum Acara Pidana) |
| 2023年法律第1号 | Undang-Undang Nomor 1 Tahun 2023 |
| 施行される | mulai berlaku |
| 継受する | mengadopsi(受け身 diadopsi) |
| 蘭領東インド刑法典 | Wetboek van Strafrecht voor Nederlandsch-Indië |
| 起草 | penyusunan rancangan |
| 採決 | pengambilan keputusan |
| 可決される | disahkan |
| 脱植民地化 | dekolonisasi |
| 条/編 | pasal/buku |
| 軽罪/重罪 | pelanggaran/kejahatan |
| 応報/更生 | pembalasan(retributif)/rehabilitasi |
| 社会奉仕刑/監視刑 | pidana kerja sosial/pidana pengawasan |
| 死刑/終身刑 | pidana mati/pidana penjara seumur hidup |
| 選択的に科される | diancamkan secara alternatif |
| 観察期間 | masa percobaan |
| 修復的司法 | keadilan restoratif |
| 罪刑法定主義 | asas legalitas |
| 生ける法 | hukum yang hidup dalam masyarakat |
| 慣習法 | hukum adat |
| 親告罪 | delik aduan |
| 過剰収容 | kelebihan kapasitas(overkapasitas) |
| 刑務所/拘置所 | lembaga pemasyarakatan(lapas)/rumah tahanan(rutan) |
この文章を訳した例です。よくできている箇所もあります。Yang menjadi sorotan adalah …(注目されるのは〜だ)、Kendati demikian(もっとも)、dasar pemidanaan(処罰の根拠)、pascakemerdekaan(独立後。つなげて書く綴り)は正しく使えています。まずは全体を読み、どこで意味がずれているかを探してみてください。
1Di Indonesia pada 2 Januari 2026, KUHAP baru yang ditetapkan sebagai Undang-undang 1 tahun 2023 telah diberlakukan. 2KUHAP konvensional merupakan KUHAP yang diserahterimakan dengan UU 46 nomor 1 pascakemerdekaan dari KUHAP India Belanda yang diberlakukan pada 1918 oleh pemerintah pendudukan Belanda. 3Pekerjaan pembuatan draf yang dimulai tahun 1960-an, mengalami berbagai hambatan sampai disahkan pada Des 2022 dengan penundaan pengesahaan di DPR untuk menanggapi aksi demo seperti pemidanaan atas hubungan badan di luar nikah pada 2019. 4KUHAP buatan sendiri yang diwujudkan setelah 80 tahun lebih dari kemerdekaan dilambang sebagai “Dekolonialisme” dalam hukum.
5KUHAP baru terdiri dari pasar 624 dan terbentuk dalam 2 edisi dan edisi “hukum ringan” dalam hukum lama telah dihapuskan. 6Yang menjadi sorotan adalah pengalihan dasar pemidanaan dari balasan ke pemasyarakatan. 7Selain penerapan hukum pemasyarakatan dan hukum pengawasan, hukuman mati selalu diposisikan sebagai hukum spesial yang dieksekusi secara optimal dengan hukum lain, sehingga hukuman mati menjadi mekanisme bahwa jika pelaku kejahatan diakui adanya perbaikan penobatan dalam masa pengawasan dalam 10 tahun, ia bisa mendapatkan keringanan hukum menjadi hukuman seumur hidup. 8Pada hari yang sama, KUHAP(UU 20 tahun 2025) dan Hukum Aturan Pidana juga diberlakukan dan legislasi proses hukum retributor.
9Kendati demikian, PRnya tidak sedikit. 10Ketentuan yang mengakui “hukum hidup” dalam hukuman adat sebagai dasar pemidanaan disoroti sebagai hubungan tegangan dengan superior hukum pidana, sehingga suara kekhawatiran masih 11Akomodasi berlebihan di fasilitas pidana pun masalah serius: Narapidana yang terakomodasi pada April 2026 melampaui 85 persen, yaitu 271,600 orang, dan 53 persen dari antaranya disembang oleh pengguna narkoba. 12Dipersoalkan apakah etika hukum baru mendasari praktik atau tidak.
①KUHP と KUHAP の取り違え——見出しを含めて8か所、刑法典(KUHP)を刑事訴訟法(KUHAP)と書いていました。本番なら、これだけで文章全体の信頼性を失います。
②意味の逆転と訳抜け——修復的司法を retributor(応報)と訳して意味が反対に。第10文は後半がまるごと抜け、第11文は「定員を85%上回る」が「収容者が85%を超える」になっています。
③hukum(法)と hukuman・pidana(刑)の混同——hukum spesial、hukum lain、keringanan hukum、hukuman adat など、文章全体に出てきます。
ここからは1文ずつ、原文 → 訳例 → 修正案 → 直すところの順に並べています。直すところには、なぜその語なのかまで書きました。
第3文以降の添削と、模範訳をまとめて収録しています。あわせて収録しているのは次の内容です。
- 「常に」はどこに係るか——死刑の位置付けを diancamkan secara alternatif で訳す(第7文)
- retributor で意味が逆に——修復的司法(keadilan restoratif)の訳し方(第8文)
- 訳抜けした第10文の後半——生ける法・罪刑法定主義・親告罪の訳語
- 「定員を85%上回る」の正しい組み立て(図6)と、取り違えやすいペア8(図5)
- 模範訳(全文)、表現の使い方11、次に狙う3点











