penggugat と tergugat、pedoman と polisi——判決記事は、1語で話がひっくり返る
今日の課題は判決ものです。東京高裁が一審を取り消し、病院に賠償を命じた——という新聞記事。見出し+全9文を、bahasa baku(書き言葉)に訳していきます。
難所は3つ。①役割を表す語(遺族・医療法人・代理人・専門家・原告側)。訳し分けを1か所まちがえると、誰が誰を訴えた話かが反転します。
②似ているのに中身が逆の語。抗菌薬(antibiotik)と耐性菌(bakteri resisten)、指針(pedoman)と警察(polisi)。どちらも英語や見た目に引きずられると、逆のものを書いてしまいます。
③修飾句の係り先。「三年以上点検しないまま放置していた」は何に掛かるのか。「使途の説明を欠いたまま」は何を修飾するのか。日本語のままだと、どちらも2通りに読めます。
今日のねらい:立場を表す語を、訳す前に確定させる
判決記事には登場人物が多いのが特徴です。この記事だけでも遺族/医療法人/病院側の代理人/原告側/専門家/裁判所/厚生労働省/会計検査院——8つの立場が出てきます。
やっかいなのは、インドネシア語の対応語が、どれも1語で決まってしまうことです。penggugat(原告)とtergugat(被告)は接頭辞が違うだけ。ここを取り違えると、「原告が呼んだ証人」が「被告が呼んだ証人」になり、証言の意味が正反対になります。
もうひとつ、見た目に引きずられる語があります。指針を英語の policy から連想してpolisiと書くと、インドネシア語では「警察」です。抗菌薬をobat kebalと書くと「耐性のある薬」——耐性を持っているのは菌のほうですから、意味が裏返ります。
そして数字。八千万円は80 juta yenです。「万」はインドネシア語に対応する単位がないので、いったんアラビア数字に直してから3桁で区切ります。8,0 juta と書くと八百万円——一桁ずれます。
最後に、訳し落としやすい語を先に挙げておきます。控訴審(banding)/係属中の(yang sedang berjalan)/ほとんど(nyaris)/もっとも(kendati demikian)。どれも文の骨格や留保を担っている語で、消えると論の向きが変わってしまいます。
解説に入る前に、この課題に固有の構えを5つ渡しておきます。訳語そのものにはまだ触れません。
① 訳す前に「誰が誰を訴えた話か」を一行メモにする。今日の記事なら「遺族が医療法人を訴え、高裁が病院の過失を認めた」。この一行があると、penggugat と tergugat をどちらに当てるかで迷わなくなります。訳しながら考えると、必ずどこかで入れ替わります。
② 機関名は、訳す前に定訳を並べておく。地裁・高裁・最高裁、厚生労働省、会計検査院。この記事は機関名が5つ出ます。書き始めてから思い出そうとすると、そこで手が止まります。先に手札として並べておくのが速い。
③ 数字は「万」で止めない。八千万/三年以上/三倍/二〇二三年/数行。この記事の数字は5つですが、桁の変換が要るのは「八千万」だけです。その1か所を、いちばん慎重に扱います。
④ 直接引用は、文体を落とさずに訳す。この記事には引用が3つあります。「単なる不注意の域にとどまらず…」(判決文)、「個別の事情によるもので…」(代理人)、「係属中の手続きについて…」(省庁)。どれも硬い書き言葉で、くだけた言い方に落とすと、誰の発言か分からなくなります。
⑤ 記事の性格をつかむ。この記事は判決の報道ですが、後半3文が論評になっています。前半(第1〜5文)は事実の報告、後半(第6〜9文)は書き手の見立て。後半には「もっとも」「〜でもない」「程遠い」といった留保の語が集まっています。ここを訳し落とすと、記事が「解決した話」に読めてしまいます。
1文ずつ訳してください。直接引用の部分も、書き言葉のまま置きます。先に解説を読まずに、まず自分の訳を作ってから先へ進むと、あとの解説が効きます。
院内感染死訴訟で病院側の過失認定 東京高裁、一審を取り消し賠償命令
課題:次の日本語をインドネシア語(bahasa baku・書き言葉)に訳しなさい
多剤耐性菌による院内感染で死亡した患者の遺族が医療法人に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は二十七日、抗菌薬の使用記録を三年以上点検しないまま放置していた病院側の体制を「単なる不注意の域にとどまらず、危険を承知のうえでの放置にほかならない」と述べ、請求を退けた一審判決を取り消して約八千万円の支払いを命じた。
焦点となったのは、耐性菌の検出が続いていた二〇二三年の時点で病棟の閉鎖に踏み切るべきだったかどうかだ。原告側の申請で法廷に立った感染症学の専門家は、当時の検出頻度が院内の平年値の三倍を超えていたと証言した。病院側の代理人は「個別の事情によるもので一般化はできない」と反論したが、判決は、院内感染対策委員会の議事録が数行にとどまり報告も曖昧だった点を重く見て、記録の不備そのものが注意義務違反を裏づけると判断した。この論理は病院側に反論の余地をほとんど残さない。
厚生労働省は「係属中の手続きについて意見を述べる立場にない」としながらも、抗菌薬の適正使用を促す指針の見直しに舵を切る方針を打ち出した。もっとも、会計検査院は昨年、耐性菌対策の補助金の一部が使途の説明を欠いたまま翌年度に繰り越されていたと指摘しており、指針を書き改めるだけで片づく類いの問題でもない。
賠償と対策費の重みに耐えられず廃業に追い込まれる中小病院も出始め、負担が施設の体力によって大きく異なる実情が浮き彫りになった。ボールは、一病院ではなく公的医療保険の財源配分を設計する側に投げ返されている。決着には程遠い。
Dikutip dari Yomiuri Shimbun
解説に入る前に、「誰が誰を訴えた話か」を先に片づけておきます。この地図があるだけで、あとの9文が驚くほど楽になります。
図1 立場を表す語の地図。左が訴えた側、右が訴えられた側です。
院内感染死訴訟で病院側の過失認定 東京高裁、一審を取り消し賠償命令
訳に使う語kelalaian medis(医療過誤)/kelalaian petugas(職員の過失)/akibat kelalaian(過失により)。法律の場面での重さkelalaianは「うっかり」から「法的な過失」まで幅がある語です。この記事では後者——賠償責任の根拠になる過失を指しています。
重さの階段:kekhilafan(うっかり)<kelalaian(過失)<kesengajaan(故意)。この記事の判決は、「単なる kelalaian ではない」と言って、故意寄りに一段上げています——そこが第1文の山場です。「過失認定」はkelalaian … diakui(過失が認められる)と受動で置くのが、見出しでは自然です。diakui=認められる(mengakui=認める)。
言い換えはinfeksi yang didapat di rumah sakit(病院で得た感染)/infeksi terkait layanan kesehatan(医療関連感染)。どれも通じますが、いちばん短くて硬いのが nosokomialです。infeksi の仲間infeksi(感染)→ terinfeksi(感染する)/menginfeksi(感染させる)/penularan(伝播)/menular(伝染する)/penyakit menular(感染症)。
第3文の「感染症学の専門家」はahli penyakit infeksi。同じ語根が記事内で2回出ます。「院内感染死」をkematian dalam rumah sakit と書くと「病院内での死」になり、感染が消えます。kematian akibat infeksi nosokomial と原因を明示します。
adil(公正な)→ mengadili(裁く)→ pengadilan(裁判所・裁判)/peradilan(司法制度)/keadilan(正義)。gugat は裁判所名に入りませんgugat(訴える)→ menggugat(提訴する)/gugatan(訴え・訴訟)/penggugat(原告)/tergugat(被告)/digugat(訴えられる)。
あくまで「訴える」という動作の語なので、Pengadilan Gugat という裁判所は存在しません。Pengadilan + 段階の名前——Negeri / Tinggi / Agung の3つだけです。報道文では略称が普通です。PT Tokyo/PN Jakarta Pusat/MA。初出だけ正式名称、以降は略称という書き方をします。
menyuruh(言いつける)は日常語で、判決の主語には使えません。Ibu menyuruh saya belanja.(母が買い物を頼んだ)——この温度感です。ganti rugi = 損害賠償ganti(代わり・取り替え)+rugi(損)=損害の埋め合わせ。menuntut ganti rugi(賠償を求める)/membayar ganti rugi(賠償を払う)/gugatan ganti rugi(損害賠償請求訴訟)。
kompensasi(補償)とも言いますが、訴訟で請求するものは ganti rugi が定番です。見出しでは接頭辞を落として Perintahkan と書けます。Batalkan(←membatalkan)も同じ。インドネシア語の見出しは meN- が落ちる——この記事でも2か所で使えます。
何が認められたか(Kelalaian Rumah Sakit Diakui)|どんな事件で(dalam Kasus Kematian akibat Infeksi Nosokomial)|ダッシュ|誰が何をしたか(PT Tokyo Batalkan … dan Perintahkan …)。
日本語の見出しは「過失認定」+「一審を取り消し賠償命令」という2つのかたまりです。インドネシア語でも同じ2つに割って、ダッシュでつなぐと収まります。
院内感染死訴訟で病院側の過失認定 東京高裁、一審を取り消し賠償命令
模範訳Kelalaian Rumah Sakit Diakui dalam Kasus Kematian akibat Infeksi Nosokomial — PT Tokyo Batalkan Putusan Tingkat Pertama dan Perintahkan Ganti Rugi
見出しでPT Tokyoと書いておけば、本文でも同じ略称が使えます。逆に、見出しで裁判所名を外すと、本文でも毎回悩むことになります。
そしてもうひとつ。「院内感染死」の「感染」は削れません。kematian dalam rumah sakit(病院内での死)にすると、事件の中身が消えます。見出しは短くしたい——でも、事件を特定する語だけは残す。これが判決記事の見出しの原則です。
裁判所の名前に gugat を入れてしまう。Pengadilan Gugat Tokyo と書きたくなるのは、訴訟の記事だからです。でもgugat は「訴える」という動作の語で、裁判所の等級を表しません。
Pengadilan + Negeri / Tinggi / Agung——この3つしかありません。今日ここで覚えてしまえば、判決記事はもう怖くなくなります。
「命じる」を menyuruh にしてしまう。意味は通じますが、menyuruh は「お使いを頼む」ときの語です。判決が命じるのは memerintahkan。文体の格が一段違います。
同じ理由で、「述べた」も berkata より menyatakan / menilaiのほうが判決文になじみます。硬さをそろえる——bahasa baku の課題では、これがそのまま出来ばえに出ます。
多剤耐性菌による院内感染で死亡した患者の遺族が医療法人に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は二十七日、抗菌薬の使用記録を三年以上点検しないまま放置していた病院側の体制を「単なる不注意の域にとどまらず、危険を承知のうえでの放置にほかならない」と述べ、請求を退けた一審判決を取り消して約八千万円の支払いを命じた。
訳に使う語もとの意味は「比べる」で、dibandingkan dengan(〜と比べて)も同じ語です。「上の裁判所に、もう一度比べてもらう」——そう考えると、法律用語のほうも腑に落ちます。三段階の言い方tingkat pertama(第一審)→ tingkat banding(控訴審)→ tingkat kasasi(上告審)。putusan(判決)を頭に付けてputusan tingkat banding(控訴審判決)。
putus(切れる・決まる)→ memutuskan(決定する)→ putusan(判決・決定)/keputusan(決定)。「迷いを断ち切ること」が語の芯です。この一句を落とすと、記事の骨格が立ちません。一審を取り消すという話は、控訴審だからこそ起きるもの。Dalam putusan tingkat banding … と文頭に置くのが、いちばん収まります。
keluarga korban(被害者の家族)/keluarga pasien yang meninggal(亡くなった患者の家族)/ahli waris(相続人)/keluarga almarhum(故人のご家族・敬意を含む)。訴訟の文脈では賠償を請求する主体として書くならahli waris(相続人)が最も法律寄り。報道文では keluarga pasien / keluarga korban が読みやすく、こちらが普通です。
waris(相続)→ mewarisi(相続する)/warisan(遺産)/pewaris(被相続人)。ahli は「専門家」だけでなく「〜に属する人」という使い方もします(ahli waris/ahli keluarga)。この文ではkeluarga pasien yang meninggal akibat … と、yang 節をうしろに長くつなげます。「どういう患者の家族か」を後ろから足していく——インドネシア語の基本の並びです。
badan usaha(事業体)/badan pemerintah(政府機関)/berbadan hukum(法人格を持つ)。医療法人の言い方インドネシアには日本の「医療法人」と同じ制度がないので、説明的に置くのが実務です。badan hukum kesehatan/badan hukum pengelola rumah sakit(病院を運営する法人)/yayasan(財団法人。非営利の病院運営でよく使われます)。
制度が対応しないときは、意味で置く——これが日→イ翻訳のいちばん現実的な作法です。この記事では以降ずっと「病院側」と書かれるので、2回目からは pihak rumah sakit で受けられます。初出だけ正確に、あとは短く。
kebal terhadap …=〜が効かない。terhadap(〜に対して)でつなぐのが型です。resisten という言い方も医学・報道ではbakteri resisten(耐性菌)が定番です。resistensi antimikroba(抗菌薬耐性、英語 AMR)/bakteri resisten antibiotik(抗菌薬耐性菌)/multiresisten(多剤耐性)。
多剤耐性はkebal terhadap berbagai obat(いろいろな薬が効かない)とほどいて書くのがいちばん伝わります。耐性を持っているのは菌のほうです。obat kebal と書くと「耐性のある薬」——意味が裏返ります。抗菌薬は antibiotik。この2語は、記事のなかで何度も隣り合うので、区別を先に固めておきます(図4で整理します)。
この文では membiarkan と pembiaran が両方要ります。前半が動詞、引用のなかが名詞です。「〜しないまま」の作り方membiarkan + 対象 + tidak + 動詞=「〜を〜しないままにする」。
membiarkan catatan tidak diperiksa(記録を点検しないままにする)/membiarkan pintu tidak terkunci(ドアを施錠しないままにする)。
tanpa memeriksa(点検せずに)でも言えますが、membiarkan … tidak … のほうが「放っておいた」という責任の含みが出ます。判決文にはこちらが合います。この長い修飾句が掛かる先は「病院側の体制」です。放置していた期間の話ではなく、体制がどういうものだったかを言っています。sistem rumah sakit yang membiarkan … と、yang で体制に貼り直します(図6で詳しく見ます)。
近い語にsemata-mata(もっぱら・ただ)。bukan semata-mata … も同じ形で使えます。melainkan は否定専用bukan A, melainkan B=「AではなくBだ」。前が否定のときにだけ使える接続詞です。tetapi(しかし)は前が肯定でも使えますが、melainkan は否定を受ける専用。
dan でつなぐと対比が消えます。bukan A dan B は「AでもBでもない」と読めてしまい、意味が逆になります。「〜の域にとどまらず」は否定ではなく、格上げの合図です。「Aどころではない、もっと重いBだ」と言っている。だから melainkan で受けて、Bを強く出します。今日いちばん大事な構文で、第9文でもう一度出ます。
membatalkan penerbangan(欠航にする)/membatalkan pesanan(注文をキャンセルする)——日常語としても頻出です。「請求を退けた」の言い方menolak gugatan=訴えを退ける。tolak(拒む)→ menolak(拒否する)/penolakan(拒否)/ditolak(退けられる)。
gugatan(訴え)を使います。tagihan(請求書・料金の請求)はお金の取り立てのほうで、訴訟の請求ではありません。「請求」という日本語が2つの意味を持っている——そこが落とし穴です。membatalkan putusan tingkat pertama yang menolak gugatan tersebut=「その訴えを退けた一審判決を取り消す」。yang で「どの一審判決か」を後ろから説明します。日本語の「請求を退けた一審判決」と、語順まで同じです。
インドネシア語には「万」に当たる単位がありません。だから「八千万」を、いったんアラビア数字に直す必要があります。八千万 = 80.000.000 = 80 juta。手順を固定してしまう①日本語のまま(八千万)→ ②アラビア数字(80.000.000)→ ③インドネシア語(80 juta)。この3ステップを飛ばさないのがこつです。
頭のなかで「八千万=8 juta」と直訳すると、一桁ずれます。8 juta = 800万。賠償額としては、まったく別の記事になってしまいます。点が桁区切り、コンマが小数点——日本と逆です。80.000.000(8000万)/80,5(80.5)。8,0 juta は「8.0百万=800万」という意味になります。図7で、この手順をもう一度なぞります。
どんな判決で(Dalam putusan tingkat banding atas gugatan …)|誰が(Pengadilan Tinggi Tokyo)|いつ(pada 27 Agustus)|何をどう評価し(menilai sistem rumah sakit yang … sebagai hal yang “…”)|そして何をしたか(lalu membatalkan … dan memerintahkan …)。
日本語は「述べ、取り消して、命じた」と動詞が3つ連なります。インドネシア語ではmenilai …, lalu membatalkan … dan memerintahkan … と、lalu で一度息を入れると読みやすくなります。
多剤耐性菌による院内感染で死亡した患者の遺族が医療法人に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は二十七日、抗菌薬の使用記録を三年以上点検しないまま放置していた病院側の体制を「単なる不注意の域にとどまらず、危険を承知のうえでの放置にほかならない」と述べ、請求を退けた一審判決を取り消して約八千万円の支払いを命じた。
模範訳Dalam putusan tingkat banding atas gugatan ganti rugi yang diajukan keluarga pasien yang meninggal akibat infeksi nosokomial oleh bakteri yang kebal terhadap berbagai obat, Pengadilan Tinggi Tokyo pada 27 Agustus menilai sistem rumah sakit yang membiarkan catatan penggunaan antibiotik tidak diperiksa selama lebih dari tiga tahun sebagai hal yang “bukan sekadar kelalaian biasa, melainkan pembiaran terhadap risiko yang telah disadari”, lalu membatalkan putusan tingkat pertama yang menolak gugatan tersebut dan memerintahkan pembayaran ganti rugi sekitar 80 juta yen.
この文は日本語で150字を超える長文です。いきなり訳し始めると、途中でどこを訳したか分からなくなります。
先に切れ目を4つ入れてしまいます。①どんな判決で/②誰がいつ/③何をどう評価し/④何をしたか。この4つの箱を作ってから、それぞれを埋める。そうすると、訳抜けが起きません。
実際、この文で落ちやすいのは②と③です。「控訴審判決で」(①)と「点検しないまま放置していた病院側の体制」(③)——どちらも長い修飾のなかに埋もれているので、箱を先に作らないと、まるごと消えます。
「控訴審判決で」が消える。これがいちばん重い訳抜けです。banding がないと、「一審を取り消す」という話がどこから来たのか分からなくなります。
手当ては簡単で、文頭に Dalam putusan tingkat banding … と置くだけ。日本語の語順そのままです。最初の箱を空けたまま先へ進まない——それだけで防げます。
「点検しないまま放置していた病院側の体制」がまるごと落ちる。判決が何を評価したのかという、この文の核です。ここが消えると、「高裁が賠償を命じた」という結論だけが残り、理由が無くなります。
長い修飾句は先に日本語で骨だけ取り出すと扱いやすくなります。「体制を、〜と述べた」——骨はこれだけ。そこに修飾を戻していきます。
対比を dan でつないでしまう。tidak sebatas A dan B と書くと、「AでもBでもない」と読めます。原文は「Aではなく、むしろBだ」ですから、正反対です。
bukan sekadar A, melainkan B。melainkan がこの引用の心臓で、判決がここで「単なる過失」から「危険の放置」へ格上げしているのが分かる形になります。
約八千万円を 8 juta と書いてしまう。八千万=80 juta です。「八千」という字面につられて 8 を書くと、一桁ずれて800万円になります。
防ぎ方はひとつだけ。いったん 80.000.000 と書き下してから、juta に直す。手間は5秒で、金額の記事ではここがいちばん目立つ箇所です。
「請求」を tagihan にしてしまう。日本語の「請求」には①お金の取り立てと②訴訟上の請求の2つがあります。tagihan は①(請求書・料金)。訴訟の請求は gugatan です。
同じ日本語が2つの意味を持っているときは、どちらの意味かを日本語で言い直してから訳す。「裁判所に求めたもの」なら gugatan——これで決まります。
図2 三審制と、それぞれの判決の呼び方。gugat は裁判所名には入りません。
焦点となったのは、耐性菌の検出が続いていた二〇二三年の時点で病棟の閉鎖に踏み切るべきだったかどうかだ。
訳に使う語「光が当たっているところ」という絵から来ています。日本語の「焦点」とほぼ同じ発想です。言い換えの手札Yang menjadi sorotan adalah …/Yang menjadi fokus adalah …/Titik krusialnya adalah …(核心は)/Persoalan utamanya adalah …(主な問題は)/Yang dipersoalkan adalah …(争点となったのは)。
裁判の争点と言いたいならpokok perkara(事件の本体)という法律用語もあります。報道文なら sorotan がいちばん自然です。Yang … adalah … は「〜なのは、〜だ」という強調構文。日本語の「〜のは、〜かどうかだ」と、形がそのまま重なります。訳しやすい文型なので、覚えておくと便利です。
seharusnya は「実際にはそうしなかった」という含みを持ちます。Seharusnya saya datang lebih awal.(もっと早く来るべきだった=来なかった)。「〜かどうか」の apakahapakah は疑問文の頭にも、「〜かどうか」という名詞節にも使えます。Saya tidak tahu apakah dia datang.(彼が来るかどうか分からない)。
seharusnya が抜けると、まったく別の問いになります。apakah … menutup だと「閉鎖したかどうか」——事実の確認になってしまう。争点は「すべきだったか」という評価です。この一語で、争点の性格が決まります。近い言い方にsepatutnya(当然〜すべき)/semestinya(本来〜のはず)。どれも「そうならなかった」という含みを持ちます。判決記事では seharusnya が最も使われます。
病院の中を表す語をまとめて:rumah sakit(病院)>bangsal(病棟)>ruang rawat(病室)>tempat tidur(ベッド=病床数の単位)。規模が変わると事実が変わるbangsal を rumah sakit にすると、病院ぜんぶの閉鎖になります。記事が言っているのは、一区画を閉じるかどうか。
大きさの取り違えは、数字の取り違えと同じくらい重い——読み手が受け取る事実そのものが変わってしまうからです。建物や組織の単位を表す語は、訳す前に一拍置きます。「閉鎖に踏み切る」はmenutup(閉じる)で足ります。「踏み切る」を memutuskan untuk … と足しても構いませんが、seharusnya sudah menutup と書けば「踏み切るべきだった」がひと息で出ます。
menutup sementara(一時閉鎖する)/penutupan bangsal(病棟の閉鎖)。名詞で置く手もあるmenutup bangsal(病棟を閉じる/動詞)とmelakukan penutupan bangsal(病棟の閉鎖を行う/名詞)はどちらも成立します。
報道文は、動詞のほうが短く読みやすい。名詞化は、行為そのものを主題にしたいときだけにします。日本語の「〜の実施」「〜への踏み切り」を、そのまま名詞で移さない——これは日→イ全般のこつです。menutupは第6文の「不足を埋める」でも使える語ですが、この記事では出てきません。閉じる/ふさぐという同じ絵から、両方の意味が伸びています。
-tion → -si の借用は規則的です:infeksi/deteksi/resistensi/sanksi/regulasi。英語に戻して考えられるので、こういう語はむしろ味方です。「続いていた」の出し方terus-menerus(絶え間なく)/terus(引き続き)/berulang kali(繰り返し)/secara berkelanjutan(継続的に)/masih saja(相変わらず)。
重ね語の terus-menerus がいちばん「途切れずに続く」感じを出します。ハイフンで結ぶのが正書法です。ketika bakteri resisten terus-menerus terdeteksi=「耐性菌が検出され続けていた時期に」。ketika(〜のとき)で年号にぶら下げると、日本語の「検出が続いていた二〇二三年の時点で」と同じ形になります。
何が焦点か(Yang menjadi sorotan adalah)|問いの中身(apakah rumah sakit seharusnya sudah menutup bangsal)|いつの話か(pada 2023)|その年の状況(ketika bakteri resisten terus-menerus terdeteksi)。
日本語は「検出が続いていた二〇二三年の時点で」と年号の前に説明が来ますが、インドネシア語は年号を先に置いて ketika で後ろから足すほうが自然です。ここは語順を入れ替えます。
焦点となったのは、耐性菌の検出が続いていた二〇二三年の時点で病棟の閉鎖に踏み切るべきだったかどうかだ。
模範訳Yang menjadi sorotan adalah apakah rumah sakit seharusnya sudah menutup bangsal pada 2023, ketika bakteri resisten terus-menerus terdeteksi.
seharusnya があるかないかで、争点そのものが変わります。
あり:「閉鎖すべきだったか」——評価を争っている。なし:「閉鎖したかどうか」——事実を確かめているだけ。
裁判の記事で争われるのは、たいてい「そうすべきだったか」のほうです。日本語で「〜べき」「〜はず」「〜のに」が出てきたら、その語に対応する一語を必ず立てる——判決記事では、ここが評価の分かれ目になります。
「病棟」を rumah sakit にしてしまう。病院ぜんぶの閉鎖になり、事実の規模が変わります。病棟=bangsal。
建物や組織の単位を表す語は、数字と同じくらい取り違えが目立ちます。病院>病棟>病室>病床——階層を1つ持っておくと迷いません。
文が従属節のまま終わってしまう。Yang menjadi sorotan adalah apakah … と書き出したら、apakah 節のなかに主語と述語をそろえる必要があります。
apakah mengambil langkah penutupan … のように動名詞で始めると、「誰が」が抜けたまま文が閉じません。apakah rumah sakit seharusnya sudah menutup …——主語(rumah sakit)を立てるだけで、文がきちんと着地します。
原告側の申請で法廷に立った感染症学の専門家は、当時の検出頻度が院内の平年値の三倍を超えていたと証言した。
訳に使う語接頭辞ひとつで、立場が逆になります。綴りが似ているぶん、いちばん事故が起きやすい対です。同じ作りの対を、まとめてpelapor(通報者)/terlapor(通報された人)。pendakwa(告発者)/terdakwa(被告人・刑事)。penuduh(非難する人)/tertuduh(非難された人)。
刑事なら terdakwa、民事なら tergugat。この記事は損害賠償請求なので民事——penggugat / tergugat の組です。pihak(側・当事者)を頭に付けると「原告側」になります。pihak penggugat/pihak tergugat/pihak rumah sakit(病院側)/pihak berwenang(当局)。日本語の「〜側」と、ぴったり同じ働きです。
-i は「〜に出る」、-kan は「〜を出させる」。この2つの使い分けが、そのまま能動と受動の形を決めます。「立った」を受動で置く理由日本語の「原告側の申請で法廷に立った」は、自分の意思で立ったのではなく、呼ばれて出たという話です。
だからdihadirkan(呼ばれて出席させられた)のほうが正確。hadir dalam sidang(審理に出席した)でも通じますが、「誰が呼んだか」が消えます。この文では、呼んだのが原告側だという点が要——受動で置くと、その情報がきれいに入ります。sidang(会議・審理)→ persidangan(法廷・審理の場)/ruang sidang(法廷)/bersidang(審理を開く)。di persidangan=法廷で。atas permohonan …=〜の申請により(mohon=願う → permohonan=申請)。
pakar(専門家)もほぼ同義で、報道文では pakar もよく使われます。法廷で証言する専門家saksi ahli=鑑定人・専門家証人という決まった言い方があります。saksi(証人)+ahli(専門家)。
Ahli penyakit infeksi yang dihadirkan … と書けば「専門家証人」だと分かる形になりますし、saksi ahli di bidang penyakit infeksi と肩書で置く手もあります。どちらでも通ります。penyakit menular(感染症)という言い方もあります。penyakit infeksi は感染によって起きる病気、penyakit menular は人から人へうつる病気——院内感染は前者で言うほうが正確です。
○ memberikan kesaksian bahwa …(証言を行う)
○ menyatakan dalam kesaksiannya(証言のなかで述べる)
× memberi saksi——「証人を与える」という形になってしまい、意味をなしません。saksi は人、kesaksian が証言という中身です。ke-…-an が付いて初めて「言われた内容」になる——ここが分かれ目です。同じ作り:hadir(出席する)/kehadiran(出席)。putus(決まる)/keputusan(決定)。saksi(証人)/kesaksian(証言)。ke-…-an は「その状態・その中身」を作る、と覚えておくと通ります。
だからrata-rata tahun-tahun sebelumnya(これまでの各年の平均)/rata-rata tahunan(年平均)/angka normal tahunan(例年の水準)と、時間の情報を足して置きます。「三倍を超える」の言い方melampaui tiga kali lipat(3倍を超える)/lebih dari tiga kali lipat(3倍以上)/mencapai tiga kali lipat(3倍に達する)。
lipat(折り重ね)=〜倍。dua kali lipat(2倍)/berlipat ganda(何倍にもなる)/melipatgandakan(倍増させる)。「折り重ねる」が倍の絵になっています。この文は「何と比べた3倍か」がいちばん大事です。比較の基準を落とすと、数字が宙に浮きます。rata-rata … di rumah sakit tersebut(その病院の平均)まで書いて、基準を明示します。
誰が(Ahli penyakit infeksi)|どういう経緯で法廷に(yang dihadirkan di persidangan atas permohonan pihak penggugat)|何をした(bersaksi bahwa …)|証言の中身(frekuensi deteksi saat itu melampaui tiga kali lipat rata-rata …)。
日本語は「原告側の申請で法廷に立った感染症学の専門家は」と修飾が主語の前に全部来ますが、インドネシア語は主語を先に出して yang で後ろから足す形になります。ここも語順が入れ替わります。
原告側の申請で法廷に立った感染症学の専門家は、当時の検出頻度が院内の平年値の三倍を超えていたと証言した。
模範訳Ahli penyakit infeksi yang dihadirkan di persidangan atas permohonan pihak penggugat bersaksi bahwa frekuensi deteksi saat itu melampaui tiga kali lipat rata-rata tahun-tahun sebelumnya di rumah sakit tersebut.
裁判の記事で専門家証人が出てくるとき、どちら側が呼んだのかは必ず書かれます。読み手がその証言をどう受け取るかが変わるからです。
ここでは原告側が呼んだ専門家が、病院に不利な数字を証言した。だから判決が原告側に傾いた——記事の流れが、この一句で決まっています。
atas permohonan pihak penggugat。この5語を落とすと、証言が誰の主張を支えているのか分からなくなります。
原告側を tergugat と書いてしまう。今日いちばん重い取り違えです。tergugat は被告——つまり病院側。「病院側が呼んだ専門家が、病院に不利な証言をした」という、まったく別の話になってしまいます。
防ぎ方は接頭辞で覚えること。peN- = する人(penggugat=訴える人=原告)、ter- = される人(tergugat=訴えられる人=被告)。pelapor/terlapor、pendakwa/terdakwa も同じ作りです。この規則をひとつ入れておけば、迷ったときに戻れます。
「証言する」を memberi saksi と書いてしまう。saksi は「証人」という人なので、「証人を与える」という形になってしまいます。
bersaksi(証言する)かmemberikan kesaksian(証言を行う)。ke-…-an が付いて初めて「証言という中身」になる、という作りです。
「平年値」を rata-rata だけで済ませてしまう。平均とだけ書くと、何の平均か・いつの平均かが消えます。その日の平均とも読めてしまう。
日本語の「平年」は「例年」という時間の幅を含んだ語です。rata-rata tahun-tahun sebelumnya と時間を足して置く——1語に1語を当てようとせず、足りない情報を補うのが日→イの基本です。
ここから先は、第4文以降の逐語解説です
この先では、残る6文について 日本語原文 → 訳に使う語 → 訳の設計 → 模範訳 → よくあるつまずき の順に見ていきます。あわせて収録しているのは次の内容です。
- bukan sekadar A, melainkan B——対比の否定を dan で潰さないための形(図3)
- 抗菌薬と耐性菌——antibiotik と bakteri resisten。似ているのに中身が逆の2語(図4)
- pedoman か kebijakan か polisi か——「指針」を英語の policy から連想すると、警察になります(図5)
- 修飾句の係り先——「三年以上点検しないまま放置していた」「使途の説明を欠いたまま」はどこに貼るか(図6)
- 数字の桁——「八千万」を 80 juta に直すまでの3ステップ(図7)
- 模範訳の全文、提出前の点検リスト(図8)、復習語彙12












