1995年に公式の座を降りたスローガンが、いまも真っ先に口をつく。「四つ健康・五つ完全」を作った男と、その後継が広がらない理由
独立まもないインドネシアでは、栄養失調が各地を襲っていました。ところが栄養の専門家はほとんどいない。そこで保健大臣が一人の医師に、この耳慣れない学問を国民に紹介するという仕事を任せます。
その医師が作ったのが Empat Sehat Lima Sempurna——ご飯・おかず・野菜・果物、そして仕上げの牛乳。小学校で歌われ、1995年まで公式の指針であり続けました。
いまの公式指針は Pedoman Gizi Seimbang(バランス栄養指針)です。牛乳はタンパク源のひとつにすぎないと位置づけ直され、代わりに「一食の皿の半分」という考え方が入りました。ところが——健康な食事とは何かと聞かれると、いまだに大半の人が古いほうを挙げます。
今日の記事は、一人の人物の伝記であり、制度の変遷であり、最後は「なぜ新しいほうは広がらないのか」という問いになります。図解8点と用語ポップアップ20個で、全16文を分解します。
今日のねらい:人物・年号・制度の3層を、段落ごとに切り分ける
この記事は4段落・16文。段落ごとに役割がはっきり分かれています。第1段落=背景と任命(3文)/第2段落=業績と年号(6文)/第3段落=制度の切り替え(4文)/第4段落=現状と提言(3文)。
いちばん情報が詰まっているのが第2段落です。1951年・1958年・1969年・1950年代・1995年と、年号が5つ出てきます。全部を追おうとすると必ず崩れるので、年号のあとに来る出来事の語を先に拾うのがコツです。図1の年表で、先に全体像を見ておいてください。
そして、この記事には同じ構文が2回出ます。bukan A, melainkan B(AではなくB)。第7文「最もよく知られた遺産は称号ではなく、ひとつのスローガンだ」と、最終文「彼の遺産はその一文ではなく、学問を単純化してみせた勇気だ」。記事の始まりと終わりが、同じ型で呼応しています。ここに気づけると、書き手の設計が見えます。
進め方は①音声だけで解く → ②原文で答え合わせ → ③1文ずつ、図解つきで開くの順です。先に解説を読むと聞き取りの練習になりません。まずは STEP 1 からどうぞ。
解説に入る前に、音の注意点だけ渡しておきます。答えに関わることは書きません。
①旧綴りが2つ出ます。Djuru(=juru)と Poorwo Soedarmo(=Purwo Sudarmo)。dj は現代表記の j、oe は u。1972年の綴り改革より前の表記が、固有名詞にだけ残っている形です。音として聞けば ジュル/プルウォ・スダルモ で、綴りほど難しくありません。
②人名は3つ出ますが、拾えなくて構いません。設問に関わるのは1人だけです。固有名詞で止まらないのが、この長さの音声を最後まで追うコツです。
③長い機関名は、語のかたまりで足し算します。Persatuan Ahli Gizi Indonesia/Badan Pengawas Obat dan Makanan/Lembaga Makanan Rakyat。どれも知っている語の組み合わせなので、切れ目さえ取れれば意味は出ます。
それから数字について。年号が5つ、日付が1つ、条例番号が1つ出ます。数字そのものより、直後に来る動詞や名詞を先に拾うようにしてください。「1958年に〜になった」の「〜になった」のほうが、設問には効きます。
音声:POORWO SOEDARMO UBAH POLA MAKAN BANGSA
Apa nama lembaga yang dipimpin Poorwo Soedarmo atas penugasan Leimena?
Berapa tahun selisih antara pengangkatannya sebagai guru besar dan pemberian gelar Bapak Gizi Indonesia?
Menurut Salsabila Nadien, apa yang sebaiknya mengisi separuh piring dalam sekali makan?
Apa yang harus dilakukan pemerintah dan sekolah terhadap Pedoman Gizi Seimbang?
Apakah penggantian Empat Sehat Lima Sempurna dengan Pedoman Gizi Seimbang merupakan langkah yang tepat? Jelaskan pendapat Anda dalam dua menit!
POORWO SOEDARMO UBAH POLA MAKAN BANGSA
プルウォ・スダルモ、国民の食のかたちを変える
Pada awal masa kemerdekaan, gizi buruk melanda banyak daerah, sedangkan ahli gizi hampir tidak ada. Menteri Kesehatan J. Leimena lalu menugasi dokter Poorwo Soedarmo memimpin Lembaga Makanan Rakyat (LMR). Tugasnya adalah memperkenalkan ilmu yang asing itu kepada rakyat yang belum mengenal gizi.
Langkah pertamanya adalah mendidik tenaga penyuluh: pada 25 Januari 1951 ia meresmikan Sekolah Djuru Penerang Makanan, dan tanggal itu kini diperingati sebagai Hari Gizi Nasional. Lulusannya dikirim ke pelosok desa. Pada 1958 ia diangkat menjadi guru besar ilmu gizi pertama di Universitas Indonesia, dan pada 1969 Persatuan Ahli Gizi Indonesia menganugerahinya gelar Bapak Gizi Indonesia. Akan tetapi, warisannya yang paling dikenal bukan gelar itu, melainkan sebuah slogan. Pada dekade 1950-an ia mengemasnya menjadi Empat Sehat Lima Sempurna: nasi, lauk-pauk, sayur, dan buah, ditambah susu sebagai penyempurna. Slogan itu kerap dinyanyikan di sekolah dasar dan bertahan sebagai pedoman resmi hingga 1995.
Seusai Konferensi Pangan Sedunia di Roma, Indonesia menyusun Pedoman Umum Gizi Seimbang (PUGS) karena slogan lama dianggap tidak lagi relevan. Susu dinilai sekadar salah satu sumber protein, sedangkan porsi makan diabaikan. Payung hukumnya disempurnakan melalui Peraturan Menteri Kesehatan Nomor 41 Tahun 2014 yang menekankan empat pilar. Separuh piring dalam sekali makan sebaiknya diisi sayur dan buah, dengan sayur menempati dua pertiga bagian itu, ujar Salsabila Nadien, petugas layanan konsultasi Badan Pengawas Obat dan Makanan.
Kendati demikian, sebagian besar masyarakat masih menyebut Empat Sehat Lima Sempurna ketika ditanya tentang makanan sehat. Sudah saatnya pemerintah dan sekolah menyiarkannya seluas slogan lama. Warisannya bukanlah kalimat itu, melainkan keberaniannya menyederhanakan ilmu.
Disadur dari antaranews.com
解説に入る前に、年号を1本の線に並べておきます。第2段落だけで年号が5つ出るので、先に全体像を持っておくと迷いません。
図1:1951年1月25日という日付が、いまも Hari Gizi Nasional(全国栄養の日)として残っています。制度の記念日は、たいてい何かの開始日です。
POORWO SOEDARMO UBAH POLA MAKAN BANGSA
語注oe → u(Soekarno=Sukarno、Soeharto=Suharto)
dj → j(Djakarta=Jakarta、Djuru=juru)
tj → c(Tjahaja=cahaya)
j → y(Jogjakarta=Yogyakarta)この記事には2つ出ますPoorwo Soedarmo=現代表記なら Purwo Sudarmo。読みはプルウォ・スダルモ。
Sekolah Djuru Penerang Makanan の Djuru=juru(〜係・〜の担当者)。juru masak(料理人)/juru bicara(報道官)と同じ語です。
当時の名称をそのまま引用しているので、旧綴りのまま書かれています。なぜ人名だけ残るのか正書法が変わっても、戸籍やパスポートの綴りは本人が変えない限りそのままだからです。本人が署名してきた綴りを尊重するという慣習もあります。
だから現代の記事でも Soekarno/Soeharto/Djojohadikusumo のような綴りが普通に出てきます。読み方は現代式でかまいません。聞き取りのコツ:綴りが古くても、音は現代語と同じです。oe は「ウ」、dj は「ジャ行」。音で聞いているぶんには、まったく難しくありません。
プルウォ・スダルモ | 変えた | 国民の食のかたちを
原文(再掲)POORWO SOEDARMO UBAH POLA MAKAN BANGSA
訳例プルウォ・スダルモ、国民の食のかたちを変える
UBAH には接頭辞が付いていません。辞書形は mengubah(変える)。インドネシア語の新聞見出しでは meN- を落とすのが慣例です。
同じ形はいくらでも見つかります。Polisi Tangkap Pelaku(=menangkap)/Pemerintah Naikkan Cukai(=menaikkan)/Banjir Rendam Ratusan Rumah(=merendam)。
逆に言えば、見出しで動詞が裸で出てきたら、meN- を補って読むのが正解です。この癖を知っているだけで、新聞の見出しが一気に読めるようになります。
もうひとつ、bangsa と negara の違い。bangsa=国民・民族(人の集まり)、negara=国家(制度・領域)。pola makan bangsa=国民の食のかたちです。bangsa Indonesia(インドネシア国民)/negara Indonesia(インドネシア国)と使い分けます。
Pada awal masa kemerdekaan, gizi buruk melanda banyak daerah, sedangkan ahli gizi hampir tidak ada.
語注gizi buruk=重度の栄養失調。段階があり、gizi kurang(栄養不足)< gizi buruk(重度)。逆方向は gizi lebih(過剰栄養)/obesitas(肥満)。インドネシアの栄養政策の主役は stuntingstunting(発育阻害)は、妊娠期から2歳までの約1000日に栄養が足りず、身長の伸びと認知の発達に不可逆の影響が出る状態を指します。
penurunan stunting(発育阻害の低減)は国家目標として繰り返し語られ、報道で最頻出の栄養用語です。gizi buruk は個々の症状、stunting は長期の帰結、と押さえると整理できます。この記事の語彙をまとめてpangan(食料。制度・政策の語)/makanan(食べ物。日常語)/lauk-pauk(おかず類)/sayur(野菜)/buah(果物)/susu(牛乳)/protein/porsi(一人前の量)/piring(皿)。
pangan と makanan の使い分けは要注意です。ketahanan pangan(食料安全保障)、harga pangan(食料価格)のように、政策の話では pangan。melanda=襲う・見舞う(landa)。banjir melanda(洪水が襲う)/krisis melanda(危機が襲う)。災害や困難が広い範囲を覆うときの語で、gizi buruk melanda banyak daerah と使うと、栄養失調を災害のように描くことになります。
独立まもない時期に | 栄養失調が | 多くの地域を襲っていた | いっぽう | 栄養の専門家は | ほとんどいなかった
原文(再掲)Pada awal masa kemerdekaan, gizi buruk melanda banyak daerah, sedangkan ahli gizi hampir tidak ada.
訳例独立まもない時期、栄養失調が各地を襲っていた。いっぽうで、栄養の専門家はほとんどいなかった。
問題は大きい/人はいない——この2つを sedangkan で並べただけの文ですが、これが記事全体の前提になります。
sedangkan は2つを並べて比べる接続語。tetapi(しかし)と違って、どちらが良い悪いという評価は含みません。ただ並べるだけです。だからこそ読み手が「それは困っただろう」と自分で感じます。
そして次の第2文で「そこで大臣が一人の医師に任せた」と続く。問題 → 人がいない → だから任命という流れが、3文で組まれています。第1段落は、ここまでが全部「前置き」です。
melanda(襲う)という語の選択にも注目してください。洪水や危機に使う語を栄養失調に当てることで、災害としての飢餓という描き方になっています。
Menteri Kesehatan J. Leimena lalu menugasi dokter Poorwo Soedarmo memimpin Lembaga Makanan Rakyat (LMR).
語注menugasi=meN-i:人に任務を与える。menugasi seseorang + 動詞(誰かに〜するよう命じる)。
menugaskan=meN-kan:任務のほうを割り当てる/人を派遣する。menugaskan seseorang ke …(〜へ派遣する)。
penugasan=任命・任務付与。設問1の文にも出てきます(atas penugasan Leimena=レイメナの任命によって)。-i は「対象に向かって」meN-i は対象に直接はたらきかける形です。だから menugasi の目的語は人。
同じ型:menghadiahi(人に贈る)/menasihati(人に助言する)/melempari(人に何度も投げつける)/menganugerahi(人に授ける。第6文に出ます)。
いっぽう meN-kan はモノを動かす形。menghadiahkan buku(本を贈る)/melemparkan bola(ボールを投げる)。目的語が人かモノかで見分けます。この文の構造menugasi + 人 + 動詞=「〜に…するよう命じる」。
menugasi dokter Poorwo Soedarmo memimpin LMR=「プルウォ・スダルモ医師に LMR を率いるよう命じた」。
memimpin の前に untuk を入れることもできますが、なくても成立します。報道文では省くのがふつうです。lalu=そこで・それから。kemudian/selanjutnya と同義で、時間の順序を示します。第1文の状況を受けて「そこで」と続けています。
設問1の答えです。答えるときは正式名称+略語で返すのがきれいです:Lembaga Makanan Rakyat atau LMR。組織を表す語の使い分けkementerian(省。大臣がいる)/badan(庁・機構。長官がいる)/lembaga(機関。研究所や公的機関に広く)/dewan(評議会。合議体)/pusat(センター)/balai(所・館。Balai Bahasa 言語研究所)。
LIPI(Lembaga Ilmu Pengetahuan Indonesia=インドネシア科学院)、LSM(Lembaga Swadaya Masyarakat=NGO)も lembaga です。rakyat という語の重みrakyat=人民・民衆。penduduk(住民。統計の語)/warga(市民)/masyarakat(社会・世間)と使い分けます。
rakyat には「支配される側/草の根」という含みがあり、Dewan Perwakilan Rakyat(人民代表議会=国会)、warung makan rakyat(庶民食堂)のように使われます。独立直後の機関名に rakyat が入っているのは、その時代の空気そのものです。この機関はのちに再編され、現在は保健省の栄養関連部局や研究機関に引き継がれています。記事に書かれている範囲だけで答えるのが原則なので、設問1の答えは Lembaga Makanan Rakyat (LMR) です。
保健大臣J・レイメナは | そこで | 命じた | プルウォ・スダルモ医師に | 人民食糧機関を率いるよう
原文(再掲)Menteri Kesehatan J. Leimena lalu menugasi dokter Poorwo Soedarmo memimpin Lembaga Makanan Rakyat (LMR).
訳例そこで保健大臣のJ・レイメナは、プルウォ・スダルモ医師に人民食糧機関(LMR)を率いるよう命じた。
設問は Apa nama lembaga yang dipimpin Poorwo Soedarmo atas penugasan Leimena?(レイメナの任命により彼が率いた機関の名は何か)。
答え:Lembaga Makanan Rakyat atau LMR.
設問文に dipimpin(率いられた)と penugasan(任命)という語があります。どちらも本文の memimpin/menugasi の派生形です。設問は本文の語を、形を変えて使う——これに気づくと、答えのある場所がすぐ絞れます。
dipimpin=memimpin の受動。penugasan=menugasi の名詞形。語根に戻せば、本文のどこを見ればいいかが分かります。
答えるときは正式名称+略語で。Lembaga Makanan Rakyat atau LMR と言えば、両方を聞き取れていることが一度で伝わります。
機関名の大文字を落とす。Lembaga Makanan Rakyat は固有名詞なので、各語の頭が大文字です。書くときの基本ですが、急ぐと崩れます。
menugasi と menugaskan を取り違える。menugasi + 人(人に任務を与える)、menugaskan + 任務/人を派遣。-i は人に向かうと覚えます。
Tugasnya adalah memperkenalkan ilmu yang asing itu kepada rakyat yang belum mengenal gizi.
語注彼の任務は | 〜である | 紹介すること | その耳慣れない学問を | 栄養をまだ知らない人々に
原文(再掲)Tugasnya adalah memperkenalkan ilmu yang asing itu kepada rakyat yang belum mengenal gizi.
訳例彼の任務は、この耳慣れない学問を、栄養というものをまだ知らない人々に紹介することだった。
ilmu yang asing(なじみのない学問)と rakyat yang belum mengenal gizi(栄養を知らない人々)。この2つが並んでいることで、「専門知と一般の人のあいだの距離」が第1段落の主題だと分かります。
そしてこの距離をどう埋めたかが第2段落、その方法(スローガン)が古びてどうなったかが第3・第4段落。最終文の「学問を単純化してみせた勇気」まで、この1文が伏線になっています。
asing は「外国の」と「なじみのない」の両方を持つ語です。orang asing(外国人)/bahasa asing(外国語)/wajah yang asing(見慣れない顔)/terasing(孤立した)。ここでは後者の意味です。
belum(まだ〜ない)が使われているのも効いています。tidak mengenal(知らない)だと断絶ですが、belum ならこれから知りうる。教える側の視点が、この1語に入っています。
Langkah pertamanya adalah mendidik tenaga penyuluh: pada 25 Januari 1951 ia meresmikan Sekolah Djuru Penerang Makanan, dan tanggal itu kini diperingati sebagai Hari Gizi Nasional.
語注暗いところに明かりを持っていく——そういう発想の語です。同じ段落の Penerang(terang=明るい + peN-=明るくする人)も、まったく同じ比喩でできています。インドネシアの「普及員」制度penyuluh pertanian(農業普及員)/penyuluh kesehatan(保健普及員)/penyuluh KB(家族計画普及員)/penyuluh agama(宗教指導員)。
中央で作った知識を、村まで運ぶ人という職種で、インドネシアの開発政策の中核をなしてきました。この記事の Lulusannya dikirim ke pelosok desa(卒業生は村の奥地へ送られた)が、まさにその仕組みです。tenaga=人材・要員tenaga(力・エネルギー)は、人を数えるときに「要員・人材」を表します。tenaga kerja(労働力)/tenaga medis(医療従事者)/tenaga pengajar(教員)/tenaga ahli(専門人材)。
tenaga penyuluh=普及員という人材。mendidik tenaga penyuluh=普及員を育てる。語の作りに注目:penyuluh(照らす人)/penerang(明るくする人)——どちらも「光」の比喩です。知識を光にたとえるのは、日本語の「啓蒙」(蒙を啓く)とも通じます。
peringatan には2つの意味があります。①記念(peringatan hari kemerdekaan 独立記念)と②警告(peringatan dini 早期警報、surat peringatan 警告書)。文脈で判断します。インドネシアの記念日Hari Gizi Nasional(1月25日・全国栄養の日)のほか、Hari Kartini(4月21日)/Hari Pendidikan Nasional(5月2日)/Hari Kebangkitan Nasional(5月20日)/Hari Kemerdekaan(8月17日)/Hari Sumpah Pemuda(10月28日)/Hari Pahlawan(11月10日)。
記念日はたいてい「何かが始まった日」です。この記事の1月25日も、学校が開かれた日そのものです。コロンの使い方この文にはコロンがあります。Langkah pertamanya adalah mendidik tenaga penyuluh: pada 25 Januari 1951 …
コロンのあとは、前の内容の具体化です。「第一歩は普及員を育てることだった」→ 「実際、1951年1月25日に学校を開いた」。
日本語ではコロンを使わず、文を切って「実際、」「その第一歩として、」で受けると自然になります。なお tanggal itu(その日付)は、直前の 25 Januari 1951 を指しています。指示語が何を指すかを確かめるのは、長い文を読むときの基本です。
彼の第一歩は | 普及員を育てることだった | <具体化> 1951年1月25日に学校を開設し | その日付は今 | 全国栄養の日として記念されている
原文(再掲)Langkah pertamanya adalah mendidik tenaga penyuluh: pada 25 Januari 1951 ia meresmikan Sekolah Djuru Penerang Makanan, dan tanggal itu kini diperingati sebagai Hari Gizi Nasional.
訳例彼が最初に手をつけたのは、普及員を育てることだった。1951年1月25日、食糧啓発員学校を開設する。この日付は現在、全国栄養の日として記念されている。
penyuluh(suluh=たいまつ→照らす人)と Penerang(terang=明るい→明るくする人)。同じ文の中に、光の比喩が2つ入っています。
これは偶然ではありません。知識のない場所に知識を持っていくという当時の発想が、そのまま職名と学校名になっているのです。日本語の「啓蒙」(蒙を啓く)と同じ発想です。
語の由来を知っていると、初見の語でも意味が推せます。penyuluhan narkoba(薬物啓発)/penerangan jalan(街灯)——同じ語根から、抽象と具体の両方に広がります。
文としては、コロンで具体化、dan で結果を足すという2段構えです。日本語では3文に割ると読みやすくなります。
Lulusannya dikirim ke pelosok desa.
語注その卒業生たちは | 送られた | 村の奥地へ
原文(再掲)Lulusannya dikirim ke pelosok desa.
訳例その卒業生たちは、村の奥地へと送られた。
直前の第4文は31語、この第5文は6語。長い文のあとに短い文を置くと、そこだけ強く残ります。
内容としては「卒業生が派遣された」と言っているだけですが、pelosok desa(村の奥地)という語が効いています。都市ではなく、いちばん遠いところまで運んだ——それが第3文の「まだ栄養を知らない人々に紹介する」という任務の実行です。
pelosok は「奥まった場所・僻地」。ke pelosok negeri(国の隅々まで)/pelosok Nusantara(群島の各地)のように使います。terpencil(へんぴな)/terluar(最も外側の=国境地帯)/3T(terdepan, terluar, tertinggal=最前線・最外縁・後発地域)も、同じ話題で出る語です。
Pada 1958 ia diangkat menjadi guru besar ilmu gizi pertama di Universitas Indonesia, dan pada 1969 Persatuan Ahli Gizi Indonesia menganugerahinya gelar Bapak Gizi Indonesia.
語注guru besar はインドネシア語の言い方、profesor は肩書きとして名前の前に付ける言い方、と使い分けられます。学位と職位を並べる学位:sarjana(学士。S1)/magister(修士。S2)/doktor(博士。S3)。
職位:asisten ahli → lektor → lektor kepala → guru besar(教授)。
dokter(医師)と doktor(博士)は1文字違いで別語です。この記事には dokter Poorwo Soedarmo(第2文)と guru besar(第6文)の両方が出ます。大学の語彙universitas(総合大学)/institut(単科の高等教育機関。ITB/IPB)/perguruan tinggi(高等教育機関の総称)/fakultas(学部)/jurusan/program studi(prodi=学科)/rektor(学長)/dekan(学部長)。
Universitas Indonesia(略して UI)はジャカルタの国立大学です。この文には年号が2つ入っています。1958(教授就任)と 1969(称号授与)。設問2はこの2つの差を聞いています。同じ文の中に材料が両方そろっているので、この文だけ集中して聞けば答えられます。
menganugerahi + 人 + もの=人に〜を授ける(meN-i なので目的語は人)。
menganugerahkan + もの + kepada 人=〜を人に授ける(meN-kan なので目的語はもの)。第2文の menugasi と同じ対です。-nya が「彼に」を指すmenganugerahinya gelar …=「彼に〜という称号を授けた」。この -nya がプルウォ・スダルモを指します。
meN-i + -nya + ものという語順は、受け手(人)が先、渡すもの(物)が後。日本語と同じ順です。賞・称号の語彙gelar(称号・学位・タイトル)/penghargaan(表彰・賞)/anugerah(栄誉・賞)/tanda jasa(勲章)/gelar kehormatan(名誉称号)/Bapak …(〜の父)。
Bapak + 分野 はその分野の創始者への敬称です。Bapak Koperasi Indonesia(協同組合の父)/Bapak Proklamator(独立宣言の父)。Persatuan Ahli Gizi Indonesia=persatuan(連合・協会。satu=1つ + per–an)+ahli gizi(栄養士)=インドネシア栄養士協会。略して PERSAGI。persatuan は ikatan/asosiasi/himpunan と同じく職能団体の名によく使われます。
1958年に彼は | 任命された | インドネシア大学初の栄養学教授に | そして1969年 | インドネシア栄養士協会が | 彼に授けた | 「インドネシア栄養学の父」の称号を
原文(再掲)Pada 1958 ia diangkat menjadi guru besar ilmu gizi pertama di Universitas Indonesia, dan pada 1969 Persatuan Ahli Gizi Indonesia menganugerahinya gelar Bapak Gizi Indonesia.
訳例1958年、彼はインドネシア大学で初の栄養学教授に任命された。そして1969年には、インドネシア栄養士協会から「インドネシア栄養学の父」の称号を贈られた。
設問は Berapa tahun selisih antara pengangkatannya sebagai guru besar dan pemberian gelar Bapak Gizi Indonesia?(教授就任と称号授与の間は何年か)。
1969 − 1958 = 11。答えは Selisihnya 11 tahun.
設問文の pengangkatannya は diangkat の名詞形、pemberian gelar は menganugerahi gelar の言い換えです。設問は本文の語を、形や語彙を変えて使う——ここでも同じです。
聞き取りのコツは、年号の直後に来る動詞を拾うこと。Pada 1958 ia diangkat …/pada 1969 … menganugerahinya …。年号だけ覚えても、何の年か分からなければ答えられません。
この記事には年号が5つ出ますが、設問に使われるのはこの2つだけです。同じ文の中に並んでいる2つの年号は、引き算を求められやすい——覚えておくと役に立ちます。
図2:インドネシア語の年号は桁を丸ごと読みます。1958=seribu sembilan ratus lima puluh delapan。長いので、聞くときは最後の2桁に集中すると取りこぼしが減ります。
ここから先は、第7文以降10文の逐語解説です
この先では、残る10文について 原文 → 語注(語根つき) → 文の骨格 → 訳例 の4段階を用意しています。あわせて収録しているのは次の内容です。
- 設問3の核心——「皿の半分」に入るものと、入らないものを示した図
- 設問4の核心——「事実」と「提言」を見分ける手順。harus/sebaiknya が来たら最終段落を見る
- Empat Sehat Lima Sempurna の中身と、なぜ牛乳が外れたのか
- bukan A, melainkan B——この記事に2回出て、2回目が1回目を上書きします
- 意見を述べるときの語形と一文の長さ——綴りの揺れ、他動詞の目的語、カンマで3文つながない
- 設問1〜4の解答例、よくあるつまずき、設問5の模範解答(約210語)と復習語彙12












